Fishing2006釣行記 「こまち」の渓に抱かれて〔秋田県 生保内川〕
「こまち」の渓に抱かれて 〔秋田県 生保内川〕
 
  
[報告者] 瀬畑孝久
釣行日:2006/6/24〜26
 メンバー:齊藤 敦、高久明夫瀬畑孝久
 
 
 
 
 
 6月初旬のある日、いつもの様に帰宅後にメールチェックをしていると、パソコンを始めたばかりの親父からのメールを見つけた。

 「秋田の生保内川に行ってきました。雪シロは、もう末期状態で終息も間もない様です。 所々残雪もみられ、消えたところではヤマウド、イヌドウナ、モミジガサ、イラクサ、ヤマワサビ、などは盛りで最高でした。 山菜の季節満喫してきました。 肝心のイワナは、毛鈎ではまだ少々早いようです。 あと10日か半月もすれば絶好調になる、と思います。 イワナが多すぎて型はイマイチで良くて尺、おおむね7、8、9寸位のが一杯います。 ほんの入口、 最後の堰堤から右岸に出合うゴバン沢まで釣りましたが、イワナは多い。 左岸に流れ込む大ッコ沢あたりに泊まって魚止まで釣ったらもの凄いと思う。 Mr.高久でも誘って行ってきたら、と思う。もっとも、大物狙いなら下流部が良いと思うけども・・・。とにかく、行ってみる価値はあると思う。報告まで。−渓の翁−」

 こんなメールを目にしては、 もう居ても立ってもいられない。 会の釣行スケジュールの合間を縫って2泊3日の計画を立て、目ぼしい仲間に連絡してみるが、「休みが取れない」、「残念ながら土曜日は仕事で・・・」など、メンバーが揃わない。 そんな中、福島の齊藤さんと親父からのメールでご指名となった高久さんと3人で出掛けることになった。

 今回訪れたのは、真昼山地の朝日岳を源頭する生保内川。 荒れた林道を齊藤さんの愛車で車止めを目指すが、途中林道の上を沢が横切り、段差が厳しい。 スタックするのを恐れて、手前の車止めに駐車することにした。 各自持ち物チェックをし、食料、共同装備をザックに詰め込み、そそくさとパッキングを済ませて車止めを後にする。 地形図で見ると親父の言う最終堰堤までは、約3.5キロの道程みちのりといったところだろうか・・・。 整備された林道が終わり、とりあえず堰堤を目指して、生保内川右岸沿いの樹林の中に続く道を進む。 途中、藪の中でネマガリを発見。 今夜のオカズにと少しだけ山の恵みを頂戴した。


山の恵みを物色しながら、川の右岸に続く道を進む
瀬続きの流れが多い生保内川本流
秋田らしい森の中を歩き、テン場を目指す


 先の道は途中で樹林から一旦川へと下り、暫く川通しで進むことになる。 落差の少ない瀬続きの平坦な渓相が続く。 事前に地形図で確認していたが、車止めからテン場までは標高差で僅かに100b程しかない。 今回の遡行は“楽勝”が予想される。 ダラダラとした瀬を進むうち、また右岸に道が現れ、川沿いを進むうちに右岸からオソダテ沢が出合う。 この先に最終堰堤があるはずだ。 親父から「堰堤下をエサで探ってみるといい。 堰堤上には尺2寸が泳いでたヨ。 」と事前に聞いていた。 出合の直ぐ上流に最終堰堤が姿を現す。 ここは、エサ釣りの齊藤さんに譲ることにした。 オソダテ沢出合で採った川虫を鉤に付け、ポンと右岸よりの流れに落とすと直ぐに魚信アタリが来た。 これで魚影は確認できたと、尺2寸のイワナを拝みに堰堤の上に移動。 堰堤上のプールでは、8寸クラスが3匹と対岸側でライズを発見できたが、親父の言う尺2寸の姿は無かった。


オソダテ沢上流の堰堤下で齊藤さんに来た8寸イワナ


 一応、魚影も確認でき、前回親父が引き返したというゴバン沢へと遡行を続ける。 途中、ポイントポイントでイワナが走るのを見て、この先の釣果を期待させる。 先の堰堤から程なく右岸からゴバン沢が出合う。

 足元を走るイワナの姿を見てはもうガマンできない。 今日はこのゴバン沢出合から竿を出すことにした。 朝日岳の清冽な流れは、まだ少し冷たい。 「毛鈎に魚が出るかナ?」そんな事を考えながら、久々の源流で気持ち良くテンカラ竿を振り込む。 すると間もなく“ゴツッ”と心地よい手応えが竿を通して手に伝わってきた。8寸
クラスのイワナだ。ラインを手繰たぐるがなかなか寄ってこない。 毛鈎を外そうと魚を取り込もうとするが、バタバタと暴れて魚を掴むことが出来ない。 やっとの思いでイワナを掴み、毛鈎を外して暫しイワナを眺めた後にリリースする。水温はまだまだ低いが、生保内のイワナは丸々と肥えていた。(わたし位?ほっといて!)私の手を離れたイワナは、元気良く流れの中に戻って行った。


生保内のイワナを手にする私
意外に肥えていた♀イワナ


 続いて、会社の同僚である高久さんが2シーズン振りに竿を出す。 昨年の6月に彼と私は人事異動となった。 以来、高久さんは何故か仕事にのめり込み、昨シーズンは一度も竿を出さず仕舞いだった。 一時は釣りの話をしても、全く話に乗ってこない。
心此処にあらずといった感じで、まるで新しい恋人でも見つけ、釣りには興味が無くなってしまったようだ。 以前は一緒に秋田にも釣りに出掛けていたが、今回誘ってみると「秋田か、遠いな・・・」とあまり気乗りしない様子だった。

 昨シーズンは全く竿を握らなかったせいか、ラインの振り方が幾分下手になったようだ。 そんな彼の毛鈎にも、秋田のイワナは優しく応えてくれる。 掛けた魚を見ると、毛鈎をガップリと飲み込んでいた。 「此処のイワナは元気良いなー!」と幾分満足したようだ。


2シーズン振りにイワナを掛ける高久さん
高久さんの毛鈎をガップリ飲み込んだイワナ
「嬉しそうに笑いなヨ!」といってこの笑顔


 今日のテン場は大ッコ沢出合辺りにと考えていたが、遡行を続けていると左岸側の小沢下に砂地のテン場を発見。 大ッコ沢迄はまだ少し距離があったが、話し合いもないまま今夜の泊まり場が決定。 簡単に整地した後に薪を集め、タープを張って今宵の宴会場が完成した。 先ずはテン場の完成祝いだと齊藤さんが持参した“スーパードライ”で乾杯する。 沢で冷えたビールが実に旨い。 「やっぱり本物は違う!」と齊藤さんさんを褒めると、何と快くもう1本差し出してくれた。

 昼食のおにぎりを頬張り、少し落ち着いたところで再度釣りに出掛けることにした。 テン場上流も瀬が多くテンカラポイントばかりだが、所々に落込みや小滝があり、エサ釣りの齊藤さんも竿を出す。 水深のあるポイントで“テンカラばす”を天井糸に使い、まるでテンカラと変わらない仕掛にガン玉とエサを付けポンと振り込む。すると間もなく魚信アタリが・・・。軽くアワセをくれるとイワナが竿を絞り込む。 なかなかの型のようだ。 ゆっくりと魚を寄せてくると尺近い。 良型が出たところで記念撮影。 先の良型は泣き尺のメスイワナだった。 まだこの先、大物が釣れるだろうとこれも即リリース。 3人で上流を目指す。



齊藤さんに来た良型イワナ、残念ながら泣き尺


 当初のテン場候補地だった大ッコ沢、小ッコ沢を目指す。 途中エサの好ポイントである淵を通過。 直ぐ上流で私が9寸イワナを掛けた。 記念に写真を撮ってもらおうと辺りを見渡すが、高久さんの姿は上流に消え、そして齊藤さんは暫く待っても上がってこない。 魚が弱っても可愛そうなので、これもリリース。 やがて左岸から小ッコ沢が2段の小滝で本流に出合うのが見えた。相変わらずこの辺りも瀬続きでテンカラポイントが続く。 此処に来るまで、イワナは8寸がアベレージサイズでキャッチ・アンド・リリースを繰り返し、大ッコ沢の出合に到着。 8寸級ばかりのイワナ釣りに飽きたところで時計を見ると3時。今日の釣りは此処までとし、高久さんとテン場に引き返す。

 先の淵の下流に焚火の跡を発見する。 齊藤さんは暫く此処で粘ってテン場に戻ったようだ。 今宵の仕度をしようと、我々もテン場へと先を急いだ。


尺物が出ず、チョッピリ不満顔の高久さん
小ッコ沢下流左岸の開けた砂地のテン場


 1日目の宴会では、ネマガリ、ウド、モミジガサ、イラクサ、ミズ菜などの山菜料理と齊藤さんお得意の“イワナの押し寿司”を頂く。 徹夜での移動で睡眠不足ため、3人とも酔いが早い。 沢音も何時しか気にならなくなり寝入ってしまった。



 2日目は、朝からピーカン!!お陰で冷え込みが厳しい。 そそくさと焚火を起こして、3人とも火の周りに集まる。 食器を洗い、ハンゴウの米を研ぐ。水が冷たい。 テン場に戻り、体の中から暖めようと朝食前から酒飲み開始。 「水が冷たいから、10時頃に出掛けましょうヨ!」ということで、朝食後も焼酎のお湯割り、お茶割りで宴会が続く。

 8時半頃に齊藤さんがガサゴソと釣り仕度を始めた。 シュラフに潜り込んでいた高久さんが「出発は10時じゃなかったんですか?」と、またシュラフでモゴモゴとしている。 昼食の材料と備品をザックに詰め込み、私も釣り仕度を始めると、高久さんがシュラフから這い出て一緒に支度を始めた。 

 表に出て着替えると、空には雲ひとつない。 私と高久さんが揃った釣行では珍しくドピーカン!! 「今日は大ッコ沢出合から釣り上がりましょう」ということで、テン場を後にする。


 薄紫の花が美しいノビネチドリ
テン場から小1時間の大ッコ沢出合、今日はここから釣り上がる


 昨日見覚えのある大ッコ沢出合に到着して暫し一服。 行動酒の梅酒を大ッコの沢水で割る。 これが又冷たくて美味い。 齊藤さんは大ッコ沢入り口の落込みをチョウチンで探ると、直ぐに8寸イワナが掛かった。 それを見て高久さんが本流を釣り上がって行った。 私はチョウチン釣りで大物でも掛かった瞬間を撮ろうと一緒に大ッコ沢に入るが、「ボサが多くてツマラナイ」と本流へ戻り、2人で高久さんの後を追う。

 程なくして高久さんに追いつき「どう?」と声を掛けると、「魚はいるヨ、8寸クラスだけど・・・」との答え。 やはり上流も瀬が多く、イワナが何故か川岸寄りのタルミ部分に付いている。 しかし好ポイントでは、同じ場所から3匹ものイワナが毛鈎に飛び出して私たちを愉しませてくれた。


斑点の色も鮮やかなイワナ
♀イワナにチューをする齊藤さん


 今日の午前中もキャッチ・アンド・リリースを繰り返したが、イワナ2匹をキープしたところで昼食とする。 メニューはイワナと山菜のテンプラ、沢の水で冷やした素麺。 イワナを絞めようとしたとき、元気の良いイワナが私の手をすり抜け、残念なことに逃げられてしまった。 残り1匹のイワナを3枚に下ろしてテンプラに、頭とアラは“骨せんべい”にした。
 素麺を丸ハンゴウで茹で、川虫捕り用の網で沢の水にさらす。 まだ梅雨だというのに、まるで真夏のような陽射しが河原を照りつける。 河原に大きなフキの葉を皿代わりにして食べる素麺が、涼をさそって格別に美味い。


日当たりの良い河原にて、素麺とテンプラで昼食


 昼食後、釣りをしながら遡行して行くと、流れが落ち込みなど段差が少しずつ増えて渓相が一変し、高度を上げていく。 するとそれに伴ってイワナが8寸から7寸へと型が詰まってきた。 斜面にも残雪が見られる様になり、間もなく魚止滝の出現を予感させるが、残念ながらタイムアップ、納竿とした。

 途中、キープして活かしておいたイワナ2匹を回収し、ウドとミズ菜を採ってテン場へ戻る。 秋田で見かける大きなフキの葉を採って、齊藤さん、高久さんが並んで記念撮影。


サウスポーで好ポイントを攻める高久さん
私の毛鈎に来た9寸イワナ
好ポイントではイワナが群れていた
食べるのに丁度よいサイズをゲット!!
穏やかな流れが高度を上げ始めると残雪が・・・ここでタイムアップ
秋田らしい大きなフキの葉


 テン場に戻って、夕食の仕度を始める。 高久さんは薪を鋸で切り、我々2人は山菜の下処理を担当。 メインメニューは“イワナの塩焼き”の予定だったが、本日も2匹しかキープしてこなかった為、“イワナの蒲焼”を作ったが、少ないイワナでの新しい料理法を発案。“ひつまぶし”へと更に変更。 イワナと蒲焼のたれをハンゴウのご飯に混ぜ込み、暫し蒸らす。これが実に旨かった。 ウドとミズ、たまねぎ、そしてイワナのアラでダシをとった味噌汁も美味い。

 満腹となったところで宴会場を焚火へと移す。 今朝方冷え込んだこともあり、齊藤さんが薪をドンドンべる。 高久さんが山程流木を切ってくれたお陰で、薪はふんだんにある。 今日の釣行を振り返り、バカ話をしながら酒が進む。 しかし、焚火の炎を見ていると、何時しか3人とも黙りこくってしまう。
 「明日は帰るだけだし、遡行も楽だから今夜はトコトン呑みますか!」と、また他愛もないバカ話をしながら夜は更けていく。


今宵はトコトン呑み耽るゾ!
タープから焚火に移動しての宴会が続く・・・


 早々に朝食を済ませ、テン場撤収を9時とする。8時半ごろに荷物をザックに詰めていると、突然黒いものがテン場の後ろを横切る。ギョッとしたが、良く見ると地元の山菜取りの爺さんだった。こちらは「おはようございます!」と声を掛けたが返事もない。足元はゴム長で口元をビニールで被い、ガムテープで留めてある。 長靴でここまで来たのかと感心した。
 テン場と焚火の跡を綺麗に片付け、ほぼ予定通りに9時過ぎに出発。


テン場を後に・・・、今日はのんびり帰るだけ
 ゴバン沢出合で(バカな私は少しでも高いところに登る)
オトシブミの揺り篭を見つけた
林道歩きの汗を流す齋藤さん


 のんびりと辺りの景色を見ながら帰路に着く。 先を急ぐことも無く、30分も歩くと休憩を繰り返す。 途中、オソダテ沢出合で、“オトシブミの揺りかご”を数個発見。 「これ、何?」と質問する齊藤さんに 「オトシブミはゾウムシのような甲虫で、この葉を巻いた中に卵を産んで葉っぱを切り落とすんです。この中で幼虫がかえって、この葉を食べて育ちます。 平安の時代、手紙は巻物だったので、恋文なんかを手渡せないときに、わざと落とした−落とし文−からこの名前が付いたみたいですヨ。」と説明し、葉っぱを開いて見せると一番奥に黄色く細長い卵が1つポツンと産み付けてあった。
 齊藤さんが「フーン・・・」と言いながら、また数個拾ってきて石の上に並べて写真を撮った。
 
 −花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に−

 平安時代の女流歌人で、その美貌はクレオパトラ、楊貴妃とならんで世界三大美女といわれる小野小町。生誕伝説には諸説あり、その一つといわれるのがこの秋田の地である。 そんな小町も「落とし文」をしたのだろうか、そんな事を考えながら歩いていると、山間を縫って「こまち」と呼ばれる秋田新幹線が、轟音をあげてトンネルの中へと消えていった。

(せばた たかひさ)
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