2人の食料分などすぐに調達できてしまうため釣っては放しの繰り返しでそろそろかな?と思っていると齋藤さんから
「もう帰っか〜!!」
「そうっすね〜!!」
決まれば早い。頭の中はビールと焼酎で沸き返っている。冷たい流れでひっくり返っても巻き道でコンタクトレンズを落としてもウルイが食べごろで斜面に這いずり上ろうとしてずり落ちても頭の中はビールと焼酎なのである。
さっきまで住居だとか住みたいとか云っていたテンバが今では居酒屋にしか思えなくなりその暖簾をくぐった瞬間に沢の中から冷えたビールを引きずり出し2人だけしかいない店内での乾杯。最初の一杯目は喉慣らし。二杯目は胃袋を広げる為。駆けつけ三杯とは良く云ったものですぐに350oが次々と空になり、なんで500oにしなかったのかと2人とも一様に悔やんでみる。
イワナの下処理と採ってきたウルイ、ドウナなどを沢水に冷やし米を研ぐともうあとは何もすることがない。漂う焚き火の煙を目で追いながらふと青空を見上げてみる。萌え始めたブナの新芽とその向こうに見える青空のコントラストが美しい。山には大の男をもロマンチストに変える不思議な何かがあるのだろうか。これは最初に深く深呼吸をしたときにかかる魔法なのだろうか。それとも単に酔っ払い男の戯言なのだろうか。どちらにしても街の居酒屋で出る美しいとは同じ言葉でも全く意味が違うのは間違いない。
夕暮れの訪れとともに酔いもまわりハラも減ってきた。米を火にかけ”イワナのひつまぶし”に取りかかろうとフライパンとごま油を取り出しこんがりと炒める。
「このまま食ってもうんまいよ」
齋藤さんに云われ一口食べてみるとホクホクとしてごま油の風味が良くワサビを乗っけて食べるとさらに旨さが増した。このまま食べ続けるとご飯に混ぜることが出来なくなってしまうため泣く泣く箸をおいた。
夜食の前の軽い食事をひつまぶしで済ませるといよいよ焼酎に切り替えてみる。軒先の沢で汲んできた天然水で割りグイとあおるともう止まらない。ここまでで日頃飲んでいる量をはるかに超えているはずなのにまだまだペースは衰えない。ウルイのおひたしを食べながら、柿の種を食べながら、2人だけなのに会話が止まらない。
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